予備試験を地方で独学受験やってみた。そして受かった。

予備試験を、東京から遠く離れた地方で、予備校の答練を使用せずしました。

自作小説 『天才の逆襲』

自作小説の一部を公開します。思いついたものを書き連ねたものですが、法学部生の感性などの一部が表れています。

 

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『天才の逆襲』

 

「ギフテッド」

この言葉を聞いて、あなたはどんな人物像を思い浮かべるであろうか。

僕は、端的に言って、生きづらい人、という言葉が思い浮かぶ。

そもそも、思考の土俵が、周囲の多数の人間と異なるのだから、周囲に理解されないのは当然と言えば当然である。

一般に、彼らは、羨望や嫉妬の対象となりうる存在であるが、本人は、決して俗世間の人が思うような魅惑的な甘い蜜を吸ってはいない。それにも関わらず、何故か『恵まれた存在』として美化されがちである。

それが、さらに彼らを苦しめるのではないか。

天才とは何か。それは一般大衆と異なる存在であることを厭わず、そういう存在であり続ける勇気を持った人間である、と僕は思う。

 

このフレーズを聞いた場合、僕はかつてのある場面を思い出さずにはいられない。

母校でなされた、とあるパネルディスカッションである。

 

『天才とは何か』をテーマにして、某大学の法学教育について、ディスカッションがなされた。

某教授は、意気揚々に、その年の司法試験の短答式試験に通った在校生、三百人程度に向かって口火を切った。

「今日は、理想の法律家像について、議論しようと思います。それを敢えて今回は、『天才』と呼びます。幸運なことに、今日は、近年司法試験に合格した、当校の優秀な卒業生が、ディスカッションに参加してくれます。ではまず、こちらから、彼らに質問を投げかけ、応答してもらいますので、在校生の皆さんはお聞きください。」

続けて、彼は僕ら卒業生の一人に問いかけた。

法科大学院、そして法学部での法学教育について、

どう思いますか?

彼と目が合ったのであろうか、僕の同期の一人である女性が、軽く挙手をして、話し出した。彼女は、僕が尊敬する、もっとも優秀と思える同期生の一人であった。

 

「現状、法学教育について、あらゆる方面から疑問が投げかけられていますが、私が実際に見たものだけでも、問題がある、と感じたことがあるので、この場をお借りして語りたいと思います。

教授の言動は、思いのほか学生の心境に影響を与えると私は思います。

教授は、もっと教育者として自覚を持つべきだと思うのです。

ある教授は、御自身の社会的地位と合格実績ばかりに着目して、人的財産とか、精神性といった、法学教育にとっても、人間の教育にとっても最も大事なものを軽んじているように、感じました。

『僕が教えようが教えまいが、勉強するやつはするし、しない奴はしない。

変わらないんだ。』と言っていた教授がいました。

まず、その人は、自尊心がないんだなぁ、と思いました。さらに、人間が互いに影響を受けることが想定される、法科大学院とか法学部といった限られた空間に存在する人間にとって、教授がそういう発言をしたなら、幾分かは嫌な印象を受けると思います。

場合によっては、悪い影響を受けてしまう人もいるかもしれません。

もしかしたら、ある教授にとっては、御自身が熱心に仕事をしようがしまいが、あまり学生の成績が変わらない、ということもあるかもしれません。

たとえそうであったとしても私は、『そりゃそうなんだろうけれど、それを言ってしまうと元も子もないよね』って思うのです。

それに、教え子の成績は変わらなくとも、そういう発言をした教授の不誠実さは、十分に伝わると思うのです。

自己研鑽を、続けていくべき人間が、自己研鑽を怠った人間のなりの果ての姿を晒すのは、果たして許されて良いものか、と私は思うのです」

教授は、一瞬、表情が固まった。

 

「他には、法学教育において、どんな教育がなされるべきと思いますか」

 

「勉強をするということは、その対象が何であれ、新しいことを学ぶということですから、自分という人間が作り変えられていく、という側面が少なからずあると思います。その点を無視してはなりません。それを、ある教授は、『僕は昔から変わってないからね』と言っていました。それは教育者として、どうかな、と私は思いました。教授という社会的立場の高さから、そういうささいな失言は、見逃される傾向にありますが、そういう、些細な発言に、その人の人間性が表れると思うのです。御自身の怠惰さを、学生の前で披露するのは、果たしてどうなのかな、と私は思うのです」

 

教授の顔は、強ばっていた。

「なるほど、良い着眼点かもしれない」

彼は、一言、絞り出すのが精一杯であるようであった。

 

「私は、『天才』という言葉についても、思うところがあります。

私が思う『天才』とは、自分と他者の区別を明確に出来る人だと思うのです。ほとんどの人は、この世をなぁなぁで生きていますから、御本人が思われる以上に出来ていません。周囲から見て、『変わり者』に見える人間こそ、次世代を構築する、『天才』なのだと思います。そういう人間を、世の凡人が、『変な奴がいるぞ、変な奴がいるぞ』と囃し立てたり、揶揄ったりするのを見てきました。その現場を見て、まさに凡人が、天才を抹消する構図が出来上がっているな、と感じたものです。人間、それほど強い人間はなかなかいませんから、同級生の前で、教授がそういう人間を吊し上げたら、対象となった学生は、自分の才能を開花できずに青年期を終えてしまうかもしれません。言った側としては、してやったり、といった状況かもしれませんが、そういう行為をして若い才能を潰すことが、ゆくゆくは御自身の精神を蝕むということまで、頭が回らないのでしょうか」

この話を聞いている間、教授の表情はますます固くなるばかりであった。

 

発言者である彼女は続けた。

「『天才』とは、この世で生かしてこそ価値があるものです。天才と呼べる人に、この世の問題の打開策を担わせたいならば、周囲の人間がそういう、『変わり者』に寛容にならなければなりません。大切に扱う、とも言えるかもしれません。残念ながら、『先生』と呼ばれる人の中にも、そういった『変わり者』を祭り上げて、揶揄う人もいます。そういう、俗世間の風潮から変えなくてはなりません。」

 

教授の表情は、いつのまにか、笑っていた。

それは、温かみのある心から湧いてくるものとは、ほど遠いもので、自嘲しているかの

ような、きみの悪い、渇いた笑みであった。

 

「あなたが言いたいことは、分かりました。あなたは、僕を非難したいのですね。」

「私は、『誰が』などを明らかにしたいわけではありません。ただ、そういう誤った言動をとる人間が、この世に一定数存在する以上、そういう現状を世の人が共有し、変えていかなくてはならないと思うのです。『誰が』を名指しで批判するほど、私は残酷な人間にはまだなりたくありません。それはもしかしたら、ある学生を変人だ変人だ、とのたもうた人間が、名指しで指摘していたからかもしれません」

教授は、相変わらず、渇いた笑みを浮かべていた。

「あなたが、批判したい、もっと言うと非難したい人間は、僕なんだね?」

 

「特に、非難したいわけではありません。ただどんなに素晴らしい人間であっても、批判されるべき点が、いくつかはあるものです。そして先生は、私にとって、卒業しても、『先生』です」

教授の笑みとは対照的に、彼女は、いつの間にか、満面の笑みを浮かべていた。

 

「なるほど、そういう批判的な能力が身についたのも、教授のおかげとも言えるよね。たとえ嫌な印象の教授であっても、あなたに、そういう、法学教育のあるべき姿を考えさせたのだから。」

教授の心の声が聞こえてきた。

『僕は、狙っていたんだ。そういうことをやってのけると思っていたんだ、と。それは教育上の目的でしたことだ、と。』

 

そうやって自分の下世話な行為を、正当化、美化するだけでなく、他人の業績を横取りしようとすること、やめましょうよ。

いい加減、自分の見苦しさに、気付きましょうよ。』

 

「あと、『何でも思っていること、言って良いんだよ』、と言っていた人がいましたが、現実的に考えて、自分の身の安全が確保されていなければ、思っていることなど何も言えませんよね。例えば、ここで言いたいことある人でも、御自身の立場とか身の安全が確保されていなければ、何も言えないと思うんですよね。御自身の立場が危うい状況で、言えますか?言いたいことが」

 

僕は改めて、教授の方を向いた。

「なるほど、たしかにそうかもしれん」

教授の一言に対して、僕の心の声が反応した。

『まさに、この状況が、でしょう』

僕の心の中で、自然と鳴り響いた言葉に、僕自身が驚かされた。

教授は、誰に求められたわけでもないのに、白状し出した。

「僕は、当初から、想定していたんだ。あなたのような優秀な学生が、批判能力を身につけて、立派な法律家になることを。

こうして、ダメな教授をたたき台にして、その怒りを、勉強のエネルギーに変えて、勉強に打ち込んで、一人前の法律家になることを、僕は当初から想定していたんだ。

あなたのような優秀な学生が、現状の法学教育に問題意識を感じて、自らの手で変えようという意欲と実行力を持てるように、僕は配慮したんだ。

上に立つ者が、あまりに出来すぎた人間なら、若い人は自信とやる気を無くしてしまうだろう。こんなにダメ人間でも、仕事やっていけるよって若い人に伝えたかったんだ。

 

僕はいつの間にか、言葉に出してしまった。

「あんた、本当に自由だな。

でも、優秀な学生の業績を全て自分のものとしようとするの、大人として見苦しいですよ。法学の教授として尊敬できない人であっても、せめて、この世を生きる大人としては、まともであって欲しいです。

これ以上、仮にも僕の大学の教授の、見苦しい姿を見ることは耐えられません」

 

目の前の、『優秀な学生』の集団は、静まりかえっていた。もう、今回の集まりはお開きにするべきだと思った。

 

僕は、この会合をまとめ出した。

「今回のお話によって、同じ法律家であっても、いろいろな考えがある、ということがよく分かったと思います。というわけで、本日のディスカッションは以上になります。」

 

確かなことと思えることがあった。

彼女は、教授の卑劣な内面、というか、低俗な内面を直視した上で、それに対して同じ土俵でやり返すのではなく、社会問題にまで広げ、自分の人間への洞察を深めたのであった。

それはさながら、傑作と呼べる芸術のようであった。 

僕は彼女の表情を確認しようと、彼女をチラ見した。やや野暮な行為のように感じたものの、僕の好奇心は、野暮な行為を抑制出来なかった。

『してやったり』という表現が見て取れたなら、僕としても、『してやったり』という気持ちであった。

 

だが、彼女の表情には、憎悪や卑劣というものではなく、爽快感が見て取れた。

それは、憎しみを昇華できた人間だけが味わえる、特権のように見えた。

 

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しばらく押し黙っていた教授は、半ば負け惜しみ的に、発言した。

 

「そんな心持ちじゃ、大学でも、尊敬できる教授に出会えなかつたんじゃないのか。出会うべき人に出会っても、気づかずに、終わってしまったんじゃないのか。

そうならば、気の毒なことだ」

 

「いいえ、私は、心から尊敬できる人に出会えました。教育というものを、ご自身の背中を見せることによって、示してくださいました。あの方は、本当に素晴らしいお方でした。本当に、素晴らしいお方」

 

彼女の整った横顔は、さながら彫刻のようであった。その瞳は、見たこともないほど輝いていた。

これに対して、教授の表情はと言うと、完全に真逆であった。

これほどまで、真逆となる光と影を、僕は今まで見たことがなかった。

教授の表情を見ていると、いたたまれない気持ちになり、これ以上見るのは、無礼だと感じたほどであった。

僕は、そっと、目を背けた。

もしかしたら僕は、驕り高ぶった俗物が自分のしでかした無礼に対して報いを受けているのを見ることに罪の意識を感じ、それに恐怖する自分の弱さに耐えられなかっただけかもしれなかった。

 

 

 

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