予備試験を地方で独学受験やってみた。そして受かった。

予備試験を、東京から遠く離れた地方で、予備校の答練を使用せずに勉強して受験。勉強を中心に日々、思うことを思うことを綴っていきます。(2017年予備試験 論文は合格まで2点足りず。)

司法試験に落ちたあなたへ(6) 予備試験口述試験の体験について

司法試験に落ちたあなたへ、エピソード1についてはこちら(note)

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司法試験に落ちたあなたへ(6)

【本当に試験の合否が関係ないか  口述試験の楽しさ】

学生

じゃあ、少しあげ足をとるような質問をさせてもらっても良いでしょうか。

先輩がおっしゃることは、司法試験の受験界においては、少数派で、かつ反駁もされるものだと思います。

落ちたら、全く意味ない、と思ってしまうのですが、実際に落ちてしまったら、資格を得られないのですから、やはり「意味がない」といえませんか。

 

先輩

そういう意見は、受験生の中でよくあるものだと思うので、強く主張したいと思います。

大切なのは、合格に値するほど勉強に打ち込むことだと思います。そして、たとえ受験期間中に合格レベルに達したといえる場合であっても、真摯に日々の勉強に打ち込まなければ、本試験での良い成績は望めません。

なぜなら、本試験においては、知識の吐き出しではなく、基本的な知識をもとにして現場で考えることが求められていますから。合格が人生の最終目標と考えることも、伸び悩む原因だと私は思います。大事なのは、自分のやるべきことに打ち込み、それを通して社会に関わっていくことです。

それに、たとえ落ちたとしても、そこまで勉強し、身につけたものは決して誰にも奪われません。

ここで身につけたものは、法的知識や思考力に限らず、世俗の人間に対する洞察力や理解力など、に及びます。

そういう目には見えないけれど、人生の糧や、人間性の魅力になっているものは、たくさんあります。これは何も、司法試験だけに言えることではありません。同じ私立大学に入学した大学生であっても、高校時代、勉強に打ち込んでセンター試験を受けた人と、何となく推薦で入った人間とでは、同じ学歴であっても、内面の充実や生きていく上での知性として雲泥の差があるのではないか、と私は思います。

そして、そういう内面の違いは、日常の学校生活における言動にそっくりそのまま表われると、私の経験上思います。

 

学生

女性は、何度も試験を受けていると婚期を逃すから、何度も受けられない、と言っている人がいて、なるほどなぁ、と実感しました。

独身の先輩は、この点についてどう思いますか。

 

先輩

合格者として、華々しくもてはやされる一方で、世間一般において合格者の闇はあまり語られません。語られることが許されないのではないか、とも思うほどです。

しかし、この点について鋭く語っておられる合格者がいました。その人は、司法試験に受かるほど勉強に打ち込むと、恋愛や結婚が犠牲になる、ということを語っておられました。それを聞いて、まさにそのとおりだな、と感じます。また、現実を直視する聡明さを尊敬すると同時に、現実を語ったことについて、勇気あるなぁと思いました。

私も、(浪人生として)勉強に打ち込んでいる時には、恋人はもちろんのこと、友人と遊ぶこともできませんでした。

しかし、それによって改めて人との関わりの素晴らしさを実感しました。

学生時代に交流した友人達が、この世のどこかで活躍しているのだと思うと、励まされました。彼ら彼女は、たとえ現実に会わなくても、私の心の中に存在していたのです。そして、その存在によって、私は励まされ、一般的にいうところの厳しい試験勉強を乗り越えられました。

一人で勉強に打ち込んでいる時でさえ、一人ではない、と実感できました。

そう考えると、外形的客観的に見た「ぼっち」など、どうでも良いと思いませんか。実質的に自分は一人じゃない、というより自立した人間として交友関係を築けている、という内面の自信があれば、外形的客観的に「ぼっち」であることなど、どうでも良いと私は思いました。

もっと言ってしまえば、外形的客観的な「ぼっち」を逃れるためだけに、友達や配偶者とべったりして、内心では憎しみ合いしかない、なんてことは世の中結構あることでは、と私は思います。

それは、私の目から俗世間の人を見た感想でもありますし、訴訟にまで発展する夫婦や人間関係トラブルを見ても思います。

 

学生

確かに、先輩のおっしゃるとおりです。

なかなか、そういう境地にまで至りません。一人だと、不安に感じることも多いです。

 

先輩

そう感じて、当然だと思います。そういう不安に向き合っていくと、先々で良い友人と出会えると思います。なぜなら、司法試験というものは、そういう不安と向き合いつつ、自分の頭で考えながら勉強を進めてきた、自立した人間が良い成績をおさめる(つまりは上位合格する)ものですから。

 

実際に私は、これ(良い友人との出会い)に近い感覚になったことがありました。

それは、予備試験の口述試験の受験会場に入った時のことです。

番号札をつけられて体育館に入ると、民事系、刑事系、それぞれ百人近くがパイプ椅子に座っていました。皆、落ち着いた雰囲気で、自前の勉強道具に目を通していました。その光景は圧巻でした。その時、即座に感じたのが「私の仲間、全国にこんなにたくさんいたんだ」という感動でした。

互いにリスペクトする感覚が、なんら言葉を交わさずとも伝わってきました。こんな感覚、一人で勉強していた私にとっては、なかなか得られるものではありません。

トイレに行く人が、まとまって監督員に連れられて行動するときに、他の受験生の容姿だけでなく雰囲気も把握できました。

そして他の受験生の、表情が引き締まっていて聡明そうな顔に感動しました。そこには、知性の輝き、もっと言ってしまうと、情熱をもって生きる人間の輝きがありました。

 

ちょっと面白かったのが、口述試験が終わった直後の、周囲の受験生の雰囲気です。

それは、試験前に体育館で、待機していた時とは若干異なるものでした。

午前の口述試験終わった人は、午後組の人が会場に入る12時までは、別の教室で待機させられます。

口述試験が終わったばかりの人が、順番にパイプ椅子に座るわけです。

体育館の時とは並びが少し異なっていて、同じ部屋の(つまり同じ試験官にあたった)人が左右に一列に座るようになっていました。

そうすると、私の直前に試験を受けた人はすぐ右側に座っていて、私の直後に受けた人はすぐ左側に座ることになります。

ちなみに私の場合、すぐ右隣は、パンツスーツの若い女性で、すぐ左隣は二十代と思しき学生風の男性でした。

私は、2日目の勉強のため持参した本に軽く目を通しながらも、1日目の口述が終わって充実した気持ちに浸っていました。

すると、しばらくして左側に席についた男性が、椅子の前に足を投げ出していました。やや腐ったような態度でした。

その姿を見て、「あぁ、この人も、あの試験官から厳しいツッコみ、入ったんだろうな」と思いました。そして、その男性の様子に気づいたのか、私の右隣の女性も、左側(つまり私と、男性のいる方向)に目をやりました。

そして、互いに、その状況を察したかのように、両側の二人が私の顔を控えめに覗き込んでいるように見えました。覗き込む、というよりは、顔色をうかがっている、という表現の方が適切かもしれません。

私も、二人の態度から、自分たちの状況を察しました。

まず、予備試験の論文試験に受かった人であるまぎれもない事実から、相手に対する尊敬の念があります。と同時に、同じ部屋で直前直後に口述試験を受けたということは互いの出来不出来によって、多少なりとも試験官の心証が左右されているだろうな、という互いの利益相反的な立場を意識しています。

しかも2600人程度(論文式試験の受験者数)の中での相対評価ならまだしも、この6人の中での相対評価となると、結構シビアだよね、という意識。

とは言っても、合格率95パーセント程度という点からして、落ちることはよっぽどことだよね、という意識。

こういう意識が入り混じって、尊敬とも安堵とも緊張とも嫌悪とも言えない、なんとも言えない雰囲気が漂っていたように思います。

それが、私の普段の日常ではなかなか味わえないもので、とても貴重で、ユーモラスだったな、と思います。

 

 

学生

まだ、私はそういう体験したことがないので、夢のようです。

そういう先輩の発言から察するに、先輩は口述試験それ自体も楽しめた、と。

巷の予備試験の合格体験記では、口述試験は、もう二度と受けたくない試験だ、と異口同音に語られています。それだからこそ、先輩の口述試験の体験談は興味深いです。

 

先輩

はい、それはもう見たことのない世界を見させてもらい、そして感動の体験をさせてもらいました。

こうして、あなたに語ることで、あなたも口述試験追体験できると思うので、是非是非聞いてほしいと思います。

まず、俗に言う「発射台」(口述試験がなされる部屋に入る前の、小ぢんまりとした待機室)と呼ばれる場所での椅子も、なんの変哲も無いパイプ椅子でした。

司法試験もそうですが、俗世間の人は無味乾燥としたものに、色や形をつけたがるらしいです。

そして、ノックして試験官のいる部屋の中に入るわけですが、そこがまた見たことのない味わったことのない空間でした。

特に1日目は、(2日目のように1番ではなく)4番であったため、部屋の中に、激しい戦いの後の残骸のような雰囲気が漂っていました。

私はテンポよく返答をしたと思うのですが、試験官の方が「この子、どうやって誘導しようかな」と探りながら発言しているようでした。

私が適切な返答をすると、少し微笑んでくださり、嬉しかったのを覚えています。

やや威圧感はありましたが、適切な誘導のもと、私が返答をすると、試験官も法律の議論を楽しんでおられるのでは、と感じる瞬間すらありました。厳しさと優しさを兼ね備えておられると実感しました。まさに、パッションでした。

そして、1日目の刑事は、主査による質疑応答後、副査も結構長く話してくださいました。まず、その副査の表情を見た時、感動しました。誤解を恐れずに言うと、まさに「生ける神様」でした。それはもう、知性と人間愛にあふれておられる表情でした。

その副査の説明により、私がよく分かっていなかった箇所を明確にされ、とてもよい勉強になりました。

この経験から、刑事系は、判例と法的理論が何より大事なのだと、実感しました。

そして、「失礼いたしました」と言って退室する際、試験官の雰囲気を確認すると、私の直感ですが、とても充実しておられるように感じました。

こういう人が、日本の現在の司法を支えておられるんだな、と感動しました。

その感動は、試験終了後、泊まっていたホテルに戻ってきてからも続きました。

午前の試験で、私は6人中4人目であり、いい感じに先例が出来上がっていて、かつ後の人もまた同じ質問をされたのだろうな、と思いました。

そして、おそらく試験官は午後も同じ試験を行うのだろうな、と午後組の受験生と、試験官に思いを馳せました。そう考えると、試験官に対して頭の下がる思いになりました。

私も、もっともっと頑張ろう、という気持ちにさせてもらえました。

また、私みたいな受験生の、金太郎飴答案のような解答が次から次へと続くんだろうな、と思うと、試験官も時折コミカルに感じるのではないか、とまで思いました。ただ、(金太郎飴答案と揶揄される)論文と異なり、口述はリアルタイムでそれぞれの受験生が微妙に異なる解答をし、それに合わせて誘導していかなければなりません。それは大変だ、ということもすぐに察する事ができました。

そして何より、受験生によって、解答の内容やニュアンスが異なるため、一律に対応する事ができないことの難しさもある、と感じました。

 

学生

興味深いです。まだ程遠い夢ですが、口述試験に興味が湧いてきました。

2日目の感想も語っていただいてよいでしょうか。

 

先輩

もちろん。是非是非語らせてください。

2日目の民事は午後でした。そしてなんと、順番が(9人中)1番目でした。

試験官は、おそらく裁判官でした。

明らかに、俗世間とは異なる雰囲気を醸し出していました。

物腰が豊かで、表情も変えないのですが、頭がキレキレなのが、表情を見ていて伝わってきました。

そして、途中私が答えに詰まると誘導してくれるのですが、それでも正解にたどり着けないところがありました。そんな時も、全く嫌な顔をせず、会話を進めてくれました。

そして、後半の(訴訟の当事者の主張反論の具体他的内容を聞く)問題に入った祭、少し楽しそうにしている、と感じました。生き生きとしておられました。

「そうか、彼にとっては、これが仕事なんだな」と後から思いました。ただ、現場では「すみません。私はこの状況、楽しめません」という心境でした。

2日目は午後組なので、試験が終わるとすぐに(待機室で待たされず)ホテルに帰れましたが、やはり余韻はホテルに帰っても続きました。

「ああいう人が、現在の日本の司法を支えているんだな」という感動が、ありました。そして、あの浮き世離れした雰囲気から裁判官の職責の重さを感じると同時に、それを全うするために普段の生活でも付き合う人とか行く場所とか、いろいろと制限があるんだろうな、と彼らの日常生活に思いを馳せました。

 

学生

合格者の皆さんは、異口同音に口述は辛かった、と仰りますが、先輩は試験そのものは、楽しかったと。では、試験室に入るまでのことで、辛かったことはありませんか。

 

先輩

はい、私は、試験官よりも、監督員のようが、よっぽど怖かったです。

まず、人数が多い。それに加えて、ピリピリしています。

体育館では、(監督員の)人によっては、なんとなくジロジロ見られているように感じることもありました。

また、待機室から試験室にいたるまで引率されるのですが、私は1日目、一番奥の部屋だったので両側に(それぞれの部屋の前にいる)監督員がずらりと並んでいる廊下を歩かされました。

その雰囲気が、まさに「地獄へようこそ」といった感じでした。

試験官との口述試験自体は、毎年受けても良いと感じましたが、あの「地獄へようこそ」の廊下は二度と歩きたくないな、と感じました。

 

監督員は、試験場で何か不正がなされると、何らかの責任を負うでしょうし、かといって自分に大きな裁量があるわけでもないので、板挟みのようなストレスがあるのだと感じました。

他方で、試験官は、試験の進行については大きな裁量がありますが、次から次へと続く受験生の必ずしも的確ではない回答に対して、頭をフル回転して誘導、質問していかなくてはならないので、本当に体力的精神的に大変だろうな、と思います。

人それぞれ、耐えられるストレスが違うんだろうな、と思いました。

 

私は、試験場で、試験官の方に共感できたので、考え方や価値観としては試験官の方に近いのかな、と感じました。

 

学生

なるほど。

勉強になります。

社会の縮図が、垣間見れますね。

 

 ーーー予備試験口述試験の再現(刑事)はこちら

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